辻本氏より送られてきた追加資料
C.A.Braccoのフルネームが“Calogero Adolfo Bracco”と判明致しました。 (カロジェロ(又はカロージェロ)・アドルフォ・ブラッコ) 多くの偉大な先輩方が探し求めていた“100年の謎”がようやく解明されました。

★【C.A.Bracco の謎】 彼のどの作品を参照しても、“C.A.Bracco”としか記載されておらず、未だにフルネームが分からない作曲家でした。 唯一、彼の経歴については、作曲家辞典の「The Guiter and Mandolin」(Philipp.J.Born 著)が詳しいですが、ここにも掲載されておりません。 (1)

★ この点、日本マンドリン連盟(JMU)は、イタリアのUgo Orlandi氏の見解に基づいて、早計に“Carlo Albert Bracco ”だと発表しました。(JMU機関紙No.164,2000.04)  (2)

★ しかしながら、某氏の見解には資料的根拠がなく、「解釈」というよりは単なる憶測といっても過言ではないでしょう。 もっとも、非常に残念なことに、かかる誤報がその後日本では広く浸透することになります。 ※イタリアの吹奏楽作曲家辞典、「Dizionario della musica italiana per banda」(Marino Anesa 著)には、“Carlo Albert Bracco”と記載されておりますが、参照文献等は併記されておりません。また出版されたのが2004 年であることから、上記のOrlandi氏の見解に基づいている可能性が考えられます。 (3)

★ 有力な手がかりとして、石村隆行氏によると、「Il Mandolino (1905.02)には、“C. Adolfo Bracco ”と記載されており、内容がBraccoの訃報であることから信用性が高い」と指摘しています。 (4)

★ ※余談ですが、岡村光玉氏(同志社大OB)による、“Carlo Adolfo Bracco”説も一部支持されておりますが、こちらも資料的根拠がありません。


それでは、“C”、彼のファーストネームは一体何なのか? この度、私は、ジェノヴァ(ブラッコの没地)在住のマンドリニスト、Carlo Aonzo氏に直接コンタクトを取り、調査を依頼した結果、 “Calogero Adolfo Bracco” と判明致しました。

アオンツォ氏曰く、ジェノヴァの市役所に対してブラッコの死亡証明書 (5)
教会に対してブラッコと妻ローザに関する情報が記載されたリスト (6 )
を照会してもらったそうです。

彼の死亡証明証によると、 45歳、出生地はBiella (Piedmont)、 Genova,Piazza Gerolamo Savonarola n. 7 で1905年1月22日午前8時30分に逝去、 父は、Ignazio Domenico Bracco、 母は、Francesca Bianchina Zanotti、 配偶者は、Rosa Villa、 であることが分かります。 これは公文書に記載されている情報であり、教会が保管していたリスト、上記のIl Mandolino に記載されている情報と一致することから、信用性が非常に高いと考えられます。

※教会のリストはラテン語で書かれているため、綴りが若干異なります。 こうして、ブラッコにまつわる100年の謎がようやく解明されました。 “Carlo Albert Bracco”はデマであり、本当の名前は“Calogero Adolfo Bracco”であること。 マンドリンを愛している多くの方々に知られることを望みます。



Grazie mille,Carlo ! 参照資料
(1)ボーン作曲家辞典

(2)JMU機関紙(No.164, 2000.04)

(3)イタリア吹奏楽作曲家辞典

(4)Il mandolino(1905.02)

(5)Braccoの死亡証明書

(6)BraccoとRosaに関する教会のリスト